つれづれ旅日記



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本 「放射能を背負って」 

昨年3月11日以後、南相馬の桜井市長さんの発言が内外で注目されたが、私はインターネットなどでこの方の発言を聞いて、とても興味を持ったので、新聞にこの本が出た時にさっそくインターネットで注文して取り寄せた。
桜井市長は岩手大学農学部卒で宮沢賢治にあこがれて農業、酪農を始めたが、産業廃棄物処分場が知らない間にいつの間にかこの地方に作られようとしているのを知って、反対のために政治家になった人。いうことが全くぶれずに説得性がある。

副題は「南相馬市長桜井勝述と市民の選択」で著者は山岡純一郎。

第一章  ゴーストタウン
第二章  宮沢賢治とダイオキシン
第三章  放射能という不条理
第四章  期間へのミッション
最後に  児玉龍彦 桜井勝述の対談。

特に第三章で若松丈太郎の詩が取り上げられているが、この人はチェルノブイリを見てきて「神隠しされた街」を書いたが、まさにそれがこの福島で怒った。
本当に予言をしているような詩です。

その詩は

地図の上からプリピャチ市が消えた
チェルノブイリ事故発生40時間後の事である
千百台のバスに乗って
プリピャチ市民が2時間の間にちりじりに
近隣三村を合わせて四万九千人が消えた
四万九千人といえば
私の住む原町市の人口にひとしい
さらに原子力発電所中心半径三〇Kmゾーンは危険地帯とされ
十一日目の五月六日から三日の間に九万二千人が
合わせて約十五万人
人々は100kmや150kmの農村にちりぢりに消えた
半径30kmソーンといえば
東京電力福島原子力発電所を中心に据えると
双葉町 大熊町 富岡町 楢葉町 浪江町 広野町 川内村 都路村 葛尾村
小高町 いわき市北部 そして私の住む原町市が含まれる


これから30年間も人は自分の故郷に戻れないかもしれない。
簡単に疎開などと言ってほしくないという。

若松の詩で
「にんげんのあかし」がある

ひとは作物を栽培することを覚えた
人は生き物を飼育することを覚えた
作物の栽培も
生き物の飼育も
ひとがひとであることのあかしだ

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by kuwanobu44 | 2012-04-19 22:10

三毳山   3月26日

朝5時半に起きて準備。6時10分に出かける。7時に立川出発
8時20分、高坂インターでトイレ休憩。朝食用のおにぎり、つくねを買う。集金があり、 4000円×210時に三毳山に到着。 トイレの後Kさんの体操とMさんの案内で歩き始め。
湿原で「ザゼンソウ」が咲いていた。まだカメラを出していなかったので写真は撮れなかったのが残念。Sさんがやはりすごく植物の名前に詳しい。あきれるほど。
池の植物をだれかが「アサザ」かなと言ったらSさんがあれは「ヒツジグサ」と訂正。
また、赤く芽吹いているのは桂の木で雄と雌があるそうな。
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アセビが咲いていたし、カタクリがぽつぽつ咲いていたが写真を撮るには遠い
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一面のニリンソウ畑 これが咲いたらすばらしいだあろうな。
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イチリンソウの葉っぱとニリンソウの葉っぱ、それとトリカブトは似ているがトリカブトが一番大きい。イチリンソウの方が少し色が茶色っぽくて切れ込みが大きい・・などもSさんから教えてもらった。また今回初めて「ネジキ」を見た。これもSさんから。 右は実のあと。
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またちいさな木が50cm位出ているのを見て「ゴンズイ」という。すごいというほかない。
そして中岳210mに着き、広場で食事。三々五々すわって。
12時40分ごろ出発して龍青が岳229mをめざす。一度下がるのがおしい。「犬石」だとか「花籠石」などがあった。そして青竜が岳到着。天気も良いので見晴らしが最高。男体山も見える。
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ウグイスカグラが咲いていたので写真を撮ろうとしたが風が強くて、Yさんが指でつまんでくれたがやはりぼけて残念 今日はたくさんのカタクリ、アズマイチゲなどを見ることができた。
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ひと時みな写真を撮るのに夢中。こんなにたくさんのカタクリに会えるのも珍しいですね。
「キクザキイチゲ」は白もブルーもありました。
2時20分バスにのり、バスの中でIさんの情報で箱根ヶ崎の「宮崎園」がカタクリ園
として開かれているとの事。4時40分、高坂インター。6時30分立川着。お疲れ様。
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by kuwanobu44 | 2012-04-03 23:04

田園調布散策 3月24日

田園調布駅に10時45分の待ち合わせでOさんとこの田園調布の豪邸散策に出る。
天気予報がはずれてあいにくの雨。駅前の交番で宝来公園に行くための地図をもらう。
駅前は放射線状になっていて渋沢栄一が設計したという立札が・・・
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放射状の道を宝来公園目指して歩く。次々と豪邸が・右の写真は車庫の門。
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宝来公園に着き、池もあり梅が咲いていたし、かもが気持ちよさそうに泳いでいた。
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宝来公園から多摩川駅に向かって歩くつもりが反対方向に来てしまったのでまた宝来公園まで戻る。
それにしてもこの家は大使館みたいにすごい。表札も出ていないが・・
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教会のそばの「田園調布倶楽部」で昼食を考えていたが(Oさんの誕生日で)あいにく今日は結婚式で貸切だという。それで多摩川駅から自由が丘にでて第二候補の「くずし和食、香李庵」に行く。北口から出て右へ1分。吉野屋の2階。なんだか雰囲気が悪そうだったが中に入ったらカーテンで仕切られていて個室のような落ち着いた雰囲気。ネットで調べていた12品目のランチ懐石を注文したらそれは前日までの予約だとか。がっかり。でもほかのランチを注文。魚定食にした。これがなかなか良かった。メインは鯛のかぶと焼き。 お肉もついて、豆腐、漬物、サラダ、レンコンの煮ものなど。
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Oさんは今日で50代最後の誕生日。まだまだ若いですね。お子さんたちも立派になって
これからが楽しみです。 いつも母にいろいろプレゼントしてもらっているので私から
ブローチをプレゼント。気に入っていただけたら嬉しい。
いろいろ話をして、自由が丘から大井町にでて阪急でケーキを買って母のホームに行く。
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母もやはり誰かが来て一緒にお菓子を食べるのはうれしいようです。人間最後は食べることが残るのかな。以前のように本読まないし、新聞も読まないし・・・食べるものも甘いのが良いみたい。
菓子の後に果物を上げると「酸っぱい」という。
5時過ぎに母を食堂に送って帰る。今日も楽しい一日でした。
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by kuwanobu44 | 2012-04-03 22:33

日帰り人間ドック  3月22日

毎年、3月に吉祥寺からバスで行く野村病院で「半日人間ドック」を受けている。
今年もまた・・・9時半に病院に着き、受付。尿など提出。
更衣室で検査服に着替えてまず血液を採られる。その後、体重、身長、目の検診(近視が進んで0,3位)張力は大丈夫。腹囲や心電図、超音波、肺活量、レントゲン。そして最後が胃のバリウム検査。どうにも胃のバリウム検査が嫌いだ。今まで年ごとにいろんな検査が良くなっているが、このバリウムの検査は一向に良くならない。これを飲めたら元気な証拠ではないか・・・
空腹でもまったくおいしくなく、その上寝台が動いてげっぷをしてはいけないなんて、土台無理。
いやはや、終わったら本当にホッとした。 このバリウム検査もレントゲン被ばくをするので私は2年に一回しか受けていない。本当はこれを受けないで必要なときは胃カメラを飲む方が正しいとも思う。
検査は流れるようにスムーズにいき、11時半にはすべての検査が終わり、洋服を着替えて食堂で食事。見るからにヘルシーで長生きしそう。我が家はやはり食べ過ぎかな。栄養の取りすぎに注意しよう。 そして1時ごろから先生からの結果発表。
まあまあの結果だあったが、一つだけコレステロールが320で今までの最高。
これはたぶん今「脊柱管狭窄症」で雑誌でショウガをすりおろしてそれにお湯を入れ粉ゼラチン5gを入れて飲んだら痛みが減った・・・という記事をみて毎日粉ゼラチンを取っていたのに関係あるかも。コラーゲンだし。お金は14600円。年々高くなる。
帰りは歩いて吉祥寺に行き、和菓子やで和菓子を二つ買う。高いけどここのはおいしい。
今年の検査も無事に終わった。
相撲、把瑠都はまた負けた。
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by kuwanobu44 | 2012-04-03 21:55

ボタニカルアート展と牧野記念庭園  3月16日

11時に立川駅でHさんに会って、ルミネ9階のボタニカルアート展に行く。Hさんの作品他、
合計20数名の作品。廊下には花の作品で、室内の方は果実というか実の特集のようだった。
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ボタニカルアートは実物大に描くし、とても細かい。見ごたえがあった。
石川先生の作品は本当に細かい。ガラスの上からの写真で光ってしまうのが残念
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11時40分ごろ立川から西国分寺、新秋津→秋津→大泉学園に行く。
Hさんおすすめの「すし辰」で昼食。茶碗蒸し、サラダ、味噌汁付きで735円はうれしいし
ネタはどれもおいしかった。そこから歩いて5,6分で牧野記念庭園に行く。
私はここは初めてだがHさんは年に数回来ているそうな。
牧野博士が亡くなったころ、ラジオでそれを聞いた記憶はあるが・・・土佐に生まれて子供のころ
次々に母親、父親を亡くし、育ててくれたおじいさんも10歳で亡くなり祖母が主に教育に当たったようだが すごいのは4、5歳で漢学の素養をやり、小学校では何も新しい事はないというので小学校を退学している事。また英語も独学で学び日本より世界で認められている。
東大に出入りをしたがいつの世もいやらしい教授はいるものでその後出入りができなくなったりしてその教授がいなくなってまた出入りできたという。植物図鑑は昔だから手書きの絵ですごい。
博士の死後も何度も出版されているが名前は「牧野植物図鑑」で出されている。そのたびに種類は増えたり、解説が新しくなったりしたが・・・
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妻には58歳で先立たれたが、いつも妻に感謝して新発見の笹に「スエコザサ」と命名している。
展示場で博士の資料や関根雲亭、服部雪斎の植物がが展示されていて見ごたえがあった。
博士が命名した植物はは2500種以上(新種1000、新変種1500)とされる。
牧野博士が高知の仙台屋という商家の店先で見つけ「センダイヤザクラ」と名づけた桜もここにあるそうで今度その桜が開花しているときに来てみたい。面白い銘々だ。仙台市とは全く関係ない。
ちなみに4月24日は博士の誕生日でこの時も記念行事があり、記念品が出るとか・・桜はもう終わっているかな。出身地の土佐に広い庭園ができているようなのでそこにも一度行ってみたい。
池袋に出て西武デパートの「桜展」を見てお茶を飲み4時半に別れた。楽しかった。
私はこの後5時15分に三鷹に行き、主人と待ち合わせ。武蔵野市民ホールのクリスチャン、テンセンのオルガンコンサートに行く。1000円で主人は会員だから500円。 近場で食事、以前来たことのある2階の洋食やで。 7時からコンサート始まる。初めは少し寝てしまったが最後のバッハは起きて聞いた。アンコールもやってくれた。このンマルクーセンのオルガンはデンマーク製でこの人はデンマーク人なので音がきれいだった。 
9時に終わり三鷹から鶴見の娘の家に・・忙しい一日でした。
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by kuwanobu44 | 2012-04-03 16:10

百草園と高幡不動  3月13日(火)

天気は良いが風邪が強い。
11時に百草園集合。VAN新宿の3月例会。
歩いてハイキングロードを百草園まで。約15分。入園は一人300円。梅が5分咲きだあった。
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今日は天気も良く風がないと暖かいが・・
享保年間に 寿昌院殿慈覚元長尼が松連寺を再建し、それに伴い百草園が造営される・・・とあるからかなり古い。梅の木は800本あるとか・・12時まで自由に見学。私はコーヒーを250円で飲む。
大きな木が気の毒なほどマメツタに絡み付かれていた。
マメヅタ・・ シダ植物、ウラボシ科。茎は細くて長くはい回り、まばらに葉をつける。右はマメヅタに絡みつかれたスダジイ 枝の先まで絡み付かれて・・こんなの初めて見た。
[12時に全員門の前に集まって出発。今度は道路を通って百草園駅近くから高幡不動まで歩くが
塀の所に素敵な梅のポスターがあった。それを写真に撮る。
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このあたりは坂が多い。若い時はいいけど、年を取ったら毎日階段はつらいだろうな。
この「ルイシャトレ百草園ヒルズ」もすごいなあ。
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歩くこと20分ぐらいで高幡不動の五重塔のてっぺんが見えてきた。 まばゆいばかりの輝き・・・
「3月11日の大震災で相輪のてっぺんの宝珠が落ちた。それでこれを直したが、相輪全体を下して直すのは山縣、秋田まで運んで修理した。また足場を掛けるだけで1000万円。
だから塔の全体も塗りなおした。お金は言えないけど大きなお堂が建つくらい・・お金は国、都、檀家さんなどが出した」・・・と通りかかった御坊様が話してくれた

御土産やさんで饅頭を買ったり、写真を撮ったりしていたら放送が入り、1時からお不動様のお堂で護摩修行の行事があるという。それで200円を払い護摩木に願いを書いて堂内に入る。靴は脱いで
各自もつ。 やはり暖房がないので寒かったが、お坊さんが6,7人出てきて緑の衣装、紫、そして赤の衣装。どうも赤の人がくらいが上のようだ。大きなろうそくの火が揺らめいて、その中読経が始まり、その後護摩木に書かれているのを読み上げた。私は「家内安全」と「病気平癒」を書いておいた。今「脊柱管狭窄症」を患っていて、痛いので・・・
一通り終わると堂内のお不動様など、近くにいって見ることができる見学があった。
近くで見るとやはり大きい。その後また座って、赤い衣装のお坊さんが我々に説明してくれた。
そのお坊さんは先ほど通りで説明してくれた方。川澄貫主さんだった。
本堂に修理の足場が組んであるがこれは50年前に屋根を拭いた名人が70年は持つ・・と言われたが酸性雨などのためか雨漏りがあちこち始まったので修理をすることになったそうだ。
また、東北大震災のために義捐金も集めているが今までにお寺も一部だして合計
2000万円集まり、東北に送ったそうだ。
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すぐ近くの「開運蕎麦屋」に入る。
奥の部屋がちょうど8名が座れるテーブルがあり、そこで全員同じ「本日の定食」を注文。
ミニ天丼に開運そばがついておかず2品が付き、食後に葛餅の様なデザート付。
3時ごろ すぐそばの高幡不動の駅で解散。お疲れ様でした。 
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by kuwanobu44 | 2012-04-03 15:33


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